大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(う)1351号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人が提出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一  所論は、原判決は、被告人が自己の食用にする目的で、洋弓銃(クロスボウ)(以下、単にクロスボウという。)を使用して、狩猟鳥であるマガモあるいはカルガモ目掛けて矢四本を発射して、弓矢を使用する方法で狩猟鳥獣を捕獲した旨認定し、被告人の所為は鳥獣保護及狩猟に関する法律(以下、鳥獣保護法という。)一条の四第三項、昭和五三年環境庁告示四三号(以下、告示四三号という。)三項リに該当し、同法二二条二号に違反するとしたが、原判決には、次のとおり、事実誤認、法令の解釈適用の誤り、延いては憲法違反の違法があり、破棄を免れないというのである。

1  被告人は、本件において、クロスボウの危険をカモに覚えさせて簡単に仕留められないように習性づけるため、威嚇する目的で矢を放つたのであり、捕らえて食用にする意図はなかつた。

2  鳥獣保護法一条の四第三項を受けた告示四三号三項リは、弓矢を使用する方法による狩猟鳥獣の捕獲を禁止しているが、クロスボウを使用した被告人の本件行為は、弓矢による捕獲に該当しない。

3  同法三条と併せみると、告示四三号三項リの規定は、弓矢をその本来の用法に応じた方法で使用することを禁じたものではなく、同法三条所定の猟具である網や罠などと併用してその補助的手段として用いることを禁じたものである。

4  仮に、被告人の本件行為が告示四三号三項リに該当するとしても、同告示三項は、狩猟者として免許登録を受けた者に対して適用されるのであつて、狩猟免許を受けていない被告人には適用されない。狩猟免許を受けていない者に弓矢の使用を禁止するには、直接法律によらなければならないのであつて、右告示三項を被告人に適用するのは、法律の規定によらずに処罰することになり、憲法一三条、三一条、四一条に違反する。

5  また、弓矢の使用を初めて禁止した昭和四六年農林省令五一号は鳥獣審議会の諮問を経ていない無効のものであり、これを継受した告示四三号も無効である。

二  そこで、所論にかんがみ、検討する。

1  関係証拠によれば、次の事実が認められる。

a  被告人は、狩猟免許を受けていない者であるが、雑誌の広告でクロスボウに興味を持ち、これを使つてカモ猟をしようと考え、平成三年一二月下旬ころ、クロスボウを購入したが、平成四年一月ころ、クロスボウの矢を非狩猟鳥であるカンムリカイツブリに当てて警察の事情聴取を受けた。また、同年二月ころ、静岡県の狩猟免許担当職員から、鳥獣保護法に基づく環境庁告示の中に弓矢による猟を禁止する条項がある旨の説明を受けたが、同法それ自体にはクロスボウによる狩猟を禁止する規定がないことや、右の環境庁告示は狩猟免許を受けていない者には適用されないと考えたことから、クロスボウによるカモ猟を続け、仕留めたカモは食用にしていた。

b  被告人は、平成四年六月ころ、本件で使用したクロスボウ(当庁平成七年押第七一号の1)を購入した。右のクロスボウ(総重量一・六キログラム、弓の強さ一二五ポンド)は、先端に付いている鐙を踏み両手で弓の弦を引いて機関部の弦受けに掛け、弓を装填し、肩付けして照準を的に合わせ、引き金を引くと弦受けが外れ、弓の反発力で矢が飛ばされて的に向かつて飛ぶ構造となつている。被告人の言うところによれば、練習の結果、直径四センチの的に、二〇メートルの距離から約九割、五〇メートルの距離からは約四割、八〇メートルの距離からは約一割の矢が的中するという。

c  被告人は、右のクロスボウを使つてカモ猟を続けていたが、その言うところによれば、平成六年一月に数回黄瀬川流域に猟に出かけ、一月二二日にマガモの雄一羽を仕留めたが、雌一羽を矢がささつたまま(これを半矢という。)逃がし、同月二三日にもマガモ一羽を半矢にし、同月三〇日マガモ二羽を仕留め、カルガモかマガモ一羽を半矢にしたが、仕留めたカモはいずれも食用にしたという。

d  被告人は、原判示の日の午後一時過ぎころ、クロスボウと矢を携えて原判示の河川敷に出かけ、マガモかカルガモに向けて矢四本を射たが、いずれも命中しなかつた。

2  検討

鳥獣保護法は、鳥獣保護事業の実施と狩猟の適正化によつて鳥獣の保護繁殖等に資するため(一条)、環境庁長官の定める狩猟鳥獣(一条の四第二項)以外の鳥獣の捕獲を禁ずる(一条の四第一項。なお、同法でいう捕獲に殺傷を含むことは、右条項の文言に明らかであり、告示四三号においても同様であることは、右告示の文言に明らかである。本判決においてもその意で用いる。)とともに、狩猟鳥獣について、銃器等一定の猟具の使用による捕獲行為につき免許登録制度を採用している(三条ないし八条の七)ほか、雛及び卵の捕獲、採取等の禁止(二条)、捕獲期間の制限(八条の三第七項)、鳥獣保護区、休猟区等一定の場所における捕獲の禁止(一一条一項)などの一般的な規制を行つているが、これらに加えて一条の四第三項において、環境庁長官または都道府県知事が狩猟鳥獣の種類、区域、期間または猟法を定めて、この定められた態様による捕獲を禁止または制限することができる旨を規定するとともに、これらの規制に違反した者について罰則を定めて、その立法目的の円滑適切な実現を目指している。告示四三号は、右一条の四第三項による委任を受けて定められたものであるが、その三項において、狩猟鳥獣の捕獲につき禁止すべき猟法をイからルまで列挙し、そのリで弓矢を使用する方法による捕獲を禁止している。右リは、弓矢を用いる猟法がいたずらに手負いの鳥獣を生じさせるなど、その保護繁殖に悪影響を及ぼすおそれがあるために定められていると解される。

所論は、被告人の本件行為は威嚇のために行つたに過ぎない、というのである。しかし、被告人は、捜査段階においては、前掲1のd摘示のマガモあるいはカルガモ目掛けて矢四本を射た目的について、食用にするつもりであつた旨供述していたのであり、原審及び当審の被告人質問においては、所論に沿う弁解をしているが、被告人は、これまでにも相当回数クロスボウを用いてカモを仕留めたことがあり、仕留めたカモは食用にしていたことを自認していることに照らすと、右弁解は極めて不自然であり、信用できない。被告人は捕獲の目的で矢を射かけたものと認めて誤りなく、同旨の原判断に事実誤認はない。

所論は、同法一条の四第三項を受けた告示四三号三項リの規定は、弓矢の本来の用法に応じた使用を禁止したものではない旨主張するが、その制定の趣旨に照らせば、所論が誤りであることは明らかである。また、所論は、本件で使用したクロスボウは弓矢ではないと主張するが、その構造、矢の発射原理は、前掲1のbに摘示したとおりであり、弓の反発力を利用して矢を射る点において弓矢となんら異なるところはなく、同規定の弓矢に該当すると認められる。そして、本件においては、前掲1のdで摘示したとおり、被告人がクロスボウで射た矢はいずれも狙つたカモに命中せず、カモは逃げ去つて、被告人はこれを手に入れていないし、殺傷もしていないことは所論指摘のとおりであるが、狩猟鳥獣を狙つてクロスボウで矢を射かける行為は、たとえ殺傷しなくとも、狙つた鳥ばかりでなくその周辺の鳥類を脅かすことになるのであり、鳥獣保護法一条の四第三項の禁止、制限の委任の趣旨及び告示四三号の目的である狩猟鳥獣の保護繁殖を実質的に阻害するものである点では同様であるから、同法一条の四第三項を受けた告示四三号三項リが禁止する捕獲に当たるというべきである。したがつて、被告人の本件行為を同法一条の四第三項、告示四三号三項リに該当するとした原判決に事実誤認ないし法令の適用の誤りはない。

所論は、同法一条の四第三項、告示四三号三項は、狩猟免許を受けている者を対象とする規定であつて、免許を受けていない被告人は、その規制を受けないと主張するのであるが、右は、鳥獣保護法が直接定める狩猟鳥獣の捕獲に関する一般的な規制とともに、猟法を規制して狩猟鳥獣の保護繁殖を図ろうとするものであり、狩猟免許を受けた者に限らず、何人に対しても適用されるべきものである。この点に関する被告人の所論が採りえないことは、明らかである。

所論は、弓矢の使用を初めて禁止した昭和四六年農林省令五一号は、制定手続に必要な鳥獣審議会の諮問を経ていないから無効であると主張し、制定当時の官報を調査しても弓矢の禁止に関する閣議報告がないこと、環境庁に照会しても回答が無かつたことを根拠とする。しかし、右は告示四三号の効力に関する主張ではないのみならず、主張の根拠とするところも、昭和四六年農林省令五一号の効力に疑いを抱かせるに足らない単なる憶測に過ぎないものであり、容れることができない。

次に、所論は、狩猟免許を取得していない者に対して、法律の規定によらないで弓矢による狩猟を禁止し、その違反を処罰することは、憲法一三条、三一条、四一条に違反する旨主張する。しかし、鳥獣保護法一条の四第三項は、狩猟免許の取得者であるか否かを問わず、何人に対しても適用があることは、先に判示したとおりである。そして、同条項の委任を受けて、環境庁長官は、告示四三号三項リにおいて、弓矢を使用する方法の猟法を用いて狩猟鳥獣を捕獲することを禁止しているが、右告示の規定が同法一条の四第三項の委任の趣旨にそうものであることは、先にみたとおりである。このような委任が憲法に違反するものでないことは、憲法七三条六号の規定に照らし明らかであつて、所論は容れることができない。

その他所論の指摘にかんがみ検討しても、原判決に所論指摘の違法・不当はない。

論旨はいずれも理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木俊夫)

裁判官 吉本徹也及び裁判官 高麗邦彦は、転補のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 高木俊夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例